今回は、『「子育て」で精神的に余裕がなくなった どうすればよい? 保育士が解説』という記事をご紹介します。
そもそも論ですが、現代人は圧倒的に時間が足りません。
働き方改革で残業の制限がされているのにも関わらず、仕事の量は以前と変わっていない。しかも常に人手不足。テレビ以外のコンテンツが増え、それを見ていると時間があっという間に過ぎてしまう。SNS等でいつでもどこでも誰とでも繋がれてしまうので、たまの休みも時間を取られてしまうことがある。
子どもがいなかったとしてもこの状態なのです。子どもがいてまだ手が掛かるのなら、なおのこと時間が失われてしまいますよね。
発達にでこぼこがある子だと、この「手が掛かる」状態が長く続いてしまいがち。
子どもが大きくなるにつれて楽になるはずなのに、長く続く「手が掛かる」状態に、保護者がしんどくなってしまうのも仕方がないことだと思います。
本人も、そんな保護者の状態を何となく分かっているものの、自分ではどうしようもない状態のため、”出来ない”自分を責めて深く深く落ち込んだり、体に不調が現れたり、感情が爆発して泣き喚いたり、周囲に当たり散らすなどのトラブルを引き起こしてしまいます。
そして、その対応に追われる保護者もさらにしんどい状態に追い詰められてしまうという悪循環に陥ってしまうのです。
では、この悪循環を断ち切るためにはどうすれば良いのでしょう。
そもそも、子どもが生まれたばかりの頃の方が今よりももっと手が掛かっていたと思いますが、まだ余裕があった気がしませんか。育児のために仕事を休んでいたり、周囲の手助けもあったとは思いますが、気持ち的な余裕も今より大きかった気がしませんか。
それは、赤ちゃんに手が掛かるのは当たり前であり、保護者である自分がやって当然だと思っていたからではないでしょうか。何も出来ないのは当たり前だと思っていたからではないでしょうか。
本人の身体が大きくなってきて、同年代の子たちが”出来る”ようになってくると、本人もあれこれと”出来る”はずなのにやらないのは、面倒なことを避けて怠けているだけなのではと疑うようになり、保護者側に”やらされている”、”押し付けられている”感が強くなるので余計にストレスが掛かるのです。
ですが、発達にでこぼこのある子は出来ないものは出来ないのです。出来たとしても相当疲れるのです。無理して続けていたら、気分の落ち込み、体の不調、イライラの爆発、モノや人にあたるなどがどんどん酷くなり、最後には心身が壊れてしまうのです。
やらないのも怠けているように見えるのも、スマホばかり見ていてゴロゴロしているのも、疲れが溜まってギリギリのところにいる自分が、これ以上疲れるようなことはしないよう無意識に自分の身を守っているだけなのです。
そう考えたら“出来る”ようになれなんて言えないですよね。本人の心身が壊れてしまったら、本人はいよいよ何も出来なくなってしまいます。今”出来る”ことも”出来ない”状態になってしまいます。
そうなれば、本人も保護者も今よりももっと大変な状態になってしまうのです。それは絶対に避けなければなりません。
なので、楽をしてください。本人のため、家族のため、何より自分のために徹底的に楽をしてください。楽をするためにはどうすれば良いのか考えてください。
私たち保護者世代は苦労することこそ美徳という考え方で育って来ました。何事もしっかり丁寧にキッチリやる。親や祖父母、先生に至るまで大人という大人から、それが”普通”だ、そういうモノだと教えられて育てられて来たからです。
ですが今、苦労している人たちよりも楽をしている人たちの方が楽しそうに生活していると思いませんか。しっかり丁寧にキッチリと物事をこなそうとしている自分はこんなに苦しいのに辛いのに、超が付くほどテキトーな人たちの方が人生を楽しんでいるように見えると思いませんか。
それは、あなたが苦労してでもしっかり丁寧にキッチリやるようにと誰かから言われたことを真面目に守ろうとしているからなのだろうと思います。子どもにも真面目な人になって欲しいと思っているからなのだろうと思います。エライです。よく頑張ってます。
でもそれは、子どもやあなたの心身の健康を害してまで、疲れてヘトヘトになるまで、家族にイライラを振りまいてまでやらなくてはならないモノではないのですよ。命にかえても、人生を犠牲にしてでも守らなければならないモノではないのです。
たとえば、まだ小学生くらいの子どもがAさんから毎日ランニング100キロ(川南駅から延岡駅までを往復する距離です)をやれと強要されている場面に出くわしたとします。
運動は大事ですが、毎日100キロのランニングは大人でも無理な課題です。Aは子どもに向かって何を言ってるんだって思いますよね。最初は短い距離から始めて少しずつ距離を伸ばすべきだし、それでも体力の限界や能力の限界というものはあるだろう。無理させるなんて子どもの未来を潰す気かって思いますよね。
それは本人にも保護者自身に対しても同じことが言えるのです。
でも、まだ子どもの本人はともかく、保護者は大人なんだし出来て当たり前じゃないかという意識が働くと思いますが、大人だから何だと言うのでしょう。
毎日100キロのランニングなんて、運動が大好きで身体能力に恵まれたアスリートでもなければ大人でも難しいですよね。苦手なことや出来ないことを無理矢理出来る状態にしたとしても、もの凄く疲れるのです。コスパ最悪ですし、そんな無理を続けていればいつか必ず心身が壊れます。
心身が壊れそうなほどの苦労を本人にも自分にも背負わせないでください。本人や自分に優しくしてください。自分の苦手なことや出来ないことを、”普通”に”出来る”人と同じようにやろうとしてもしんどいのです。毎日100キロのランニングと同じです。
だからと言って、他人に迷惑を掛けるようないい加減な人間になれと言っているわけではありません。今しんどいなら、まずは他人に迷惑を掛けないプライベートな部分をガッツリ手抜きしましょう。知恵を働かせて、掛けるお金は最小限に抑えつつ上手に手抜きする方法を編み出しましょう。
徹底的に手抜きしまくってもしんどさが解消されず、誰かに迷惑を掛けそうな時は、迷惑を掛けるかもしれないと事前にお知らせしておけば大丈夫。自分に出来ることをして、その誰かの手助けを普段から積極的にしていれば、たまの迷惑なんて何とも思われません。
むしろ、いつもお世話になっている人へ恩返しが出来ると喜んで引き受けてくれるでしょう。頼ってくれて嬉しいと思ってくれるはず。
周囲から迷惑だと思われてしまうのは、”出来ない”自分を認めずに自分で自分を追い詰めて疲れ果て、自分に”出来る”ことすら出来なくなり、それでも大人なんだから自分で何でも”出来る”ようにならなければと誰にも頼ろうとはせず、精神的に不安定でいつも誰かに迷惑を掛けている状態になったり、ある日突然取り返しが付かないくらい大きな迷惑を周囲に掛けてしまうような人です。
そうなる前に、自分の苦手なことや自分では無理そうなことは最低限でヨシとするか、出来る人や得意そうな人にお願いしてください。頼って下さい。
人は一人では生きていけません。自分に”出来る”ことを引き受けることで、互いに苦手なことや”出来ない”ことを補い合い、助け合って生活しているのです。人間社会とはそういう仕組みなのです。福祉制度もそうです。
超テキトーな人たちが仲間とワイワイ楽しく生活しているように見えるのは、自分では無理そうだと思ったことは無理をせず、困った時は仲間を頼り、互いに”出来る”ことをやって補いながら生活しているからなのです。
もちろん、毎回頼られたり何でもかんでも頼られるのは負担が大きくなるので迷惑ですが、たまに頼られるのは迷惑ではありません。頼られた側も自分に”出来る”ことをやって感謝されるのは嬉しいことでもあります。
どんな厄介ごとも、それに見合った報酬ありなら仕事として引き受けるので迷惑だなんて思いもしません。誰かに迷惑を掛けてしまっても、迷惑を掛けたお詫びとしてお高めな品物などを用意すれば、こんなにお高い品物を貰ってしまってむしろ申し訳ないとまで思ってくれるでしょう。
報酬もお高い品物も用意出来ないのであれば、自分に”出来る”範囲内の生活をして、自分では難しかったり”出来ない”ことは、手に負えない状態になる前に、誰かに迷惑を掛ける前に助けを求めるべきなのです。
普段から自分に”出来る”ことをやって周囲に迷惑をかけないようにしていたなら、突然発生したトラブルや病気の時は、お互い様だからと誰かが必ず手助けしてくれますが、それは大変だということが誰から見ても分かりやすいからです。
それと同じく、あなたが大変な時にしんどいですと声を上げてくれたなら、助けてくれる人はきっといます。でも、声を上げてくれなければ気付けませんし、大変そうだと気付いていても助け舟を出すのは余計なお節介かもしれないと二の足を踏んでしまうのです。
しっかり丁寧にキッチリを今まで頑張ってきたあなたなら、しんどいと声に出すことも、誰にも迷惑を掛けずに楽することもきっと出来ます。
本人と保護者自身の環境を最適に整えてください。全ての物事をしっかり丁寧にキッチリ出来るようにすることではなく、手を抜いて大丈夫なところは徹底的に手を抜き、本人と自分が楽することにこそ命を掛けてください。
楽が出来るようになってきたら、余裕も生まれるはずです。
その生まれた余裕で、まだ年若い本人が背負っている大変そうなモノを少しでも肩代わりして、人生という苦難な道を楽に歩くにはどうすれば良いのかを教えてあげてくださいね。
なかなか楽にならないという時は私たちにご相談ください。切羽詰まっている時は良いアイデアも浮かばないものです。楽をするためにはどうすれば良いのか、私たちが持っている知恵も是非とも活用してください。